三菱UFJ元副社長が牛耳る東証1部日本ペイントホールディングス、海外M&A高値掴みの懸念 コンサル大手PwCに〝恩返し〟か


■PwCに“義理”がある田中正明(PwCホームページより)
■PwC Japanの木村浩一郎代表と田中正明(PwCホームページより)

■三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)元副社長で、「金融界きっての国際派」「喧嘩マサ」などの渾名で知られる田中正明が会長兼社長CEOとして舵を取る東証1部の塗料大手・日本ペイントホールディングス(以下、日本ペイント)だが、この間に繰り広げられたディールを振り返ると、田中の〝情実〟が取引に影響を与えている恐れがある。(本記事は、月刊誌『ZAITEN』21年4月号に寄稿した記事に一部修正加筆を加えたものです)

海外M&Aの内実

田中は2019年3月、日本ペイントの筆頭株主のシンガポール塗料大手、ウットラムグループの総帥、ゴー・ハップジンからの招聘を受ける形で会長に就任した。日本ペイントとウットラムの関係を巡っては「庇を貸して母屋を取られた」「名門企業が華僑の傘下に入った」との批判が根強かった。国際派の田中が入ることで、ウットラムからの脱却を目指すと、当初はそう報じられていた。
■それから2年。特に昨年1月から社長CEOを兼務するようになった20年12月期の1年間は、田中の力量を推し量る初の決算期となった。業績は良好で、売上高は7811億円(前期比12・9%増)、営業利益869億円(11・4%増)と増収増益。株価は就任前の4000円台から上昇し、昨年11月には1万3000円にまで上がった(2月16日終値は8710円)。
■だが、田中体制となって以降の日本ペイントは連結の営業利益率は10%弱を維持しているものの、資産効率は悪化している。固定資産回転率は18年が120%だったが、19年以降は70~80%と低下している。

単位:百万円 2017/12期 2018/12期 2019/12期 2020/12期
売上高 605,252 627,670 692,009 781,146
営業利益 74,957 86,542 78,060 86,933
当期純利益 70,080 66,316 56,267 68,175
流動資産 397,611 444,214 507,216 643,496
 有形固定資産 138,676 140,550 240,319 248,302
 無形固定資産 312,352 299,218 658,077 654,267
その他固定資産 71,952 70,006 73,034 69,319
 資産合計 920,591 953,988 1,478,646 1,615,384
 負債合計 289,157 306,370 790,667 915,578
(有利子負債) 59,728 90,360 442,196 535,760
 純資産合計 636,941 647,618 687,979 699,805
固定資産回転率 116% 123% 71% 80%

■資産効率が悪化した原因は相次ぐ海外企業の買収である。田中の会長就任直後の19年4月、日本ペイントは豪州の塗料メーカー、デュラックスグループとトルコの同業、ベテックボイヤの2社の買収を矢継ぎ早に決議した。
■その結果、上記の通りのれんを含む無形資産は、18年は2992億円、20年は6542億円と倍増。自己資本とほぼ同水準となり、総資産の4割を占めている。買収原資は借入金で賄ったため、有利子負債は18年約900億円だったが、20年は5357億円に膨らんだ。
■買収企業の中身を見ると、田中はM&A(合併・買収)で早期に結果を求め、高値掴みしたのではないかとの疑念が浮かぶ。日本ペイントは詳細を開示していないが、2社とものれんが純資産を超過する不安定な財務内容なのである。
豪デュラックス買収の説明資料では、無形資産などの財務への影響額について「詳細は確定次第公表予定」としていたが、その後、個別開示はなかった。有価証券報告書に記載されている企業結合日における資産及び負債の公正価値によると、総資産2351億円に対し、自己資本は1008億円(自己資本比率42%)。このうち1258億円は無形資産だった。デュラックスのアニュアルレポートを見ると、12年に住宅設備などを製造販売するアレスコの買収により、無形資産が増加していた。

現金 2,906 負債 134,350
その他 52,342
有形固定資産 54,141 自己資本 100,848
無形資産 125,809
総資産 235,198 負債純資産 235,198

(デュラックス社の企業結合日における資産及び負債の公正価値)
■これを三井住友銀行からの借入金により2956億円で買収した結果、日本ペイントの連結財務諸表には3196億円の無形資産が計上されることとなった。また、地域別セグメントを見ると、豪州の売上高・利益は伸びているものの、資産効率は他地域に比べて著しく低い。しかも売上の4割強は住宅関連の「塗料周辺事業」である。
■デュラックスの買収価格が高いという声は実際にある。同社の株価は買収直前まで約7豪ドルで推移しており、日本ペイントはこれに27%のプレミアムを上乗せした9・6豪ドルで買収するとしている。この価格についてロイター通信は買収発表直後のコラムで、次のように指摘していた。

〈BREAKINGVIEWSが買収提示額に基づいて計算したデュラックスの企業価値は、予想EBITDA(利払い・税・償却前利益)の16倍弱だ…(略)…投資リターンは約4%と、同社の資本コストの半分未満にしかならないだろう。デュラックスは買収後も独立した経営を続けるので、明確なコスト節減につながる要素も少ない〉(19年4月18日配信記事)

■トルコのベテックに至っては、バランスシートが説明資料ではなぜか「非公表」とされていた。有報の注記によると、総資産425億円、負債368億円、自己資本57億円(自己資本比率13%)とレバレッジの効いた体質であることが分かる。総資産のうち79億円は無形資産であり、こちらも自己資本を超過。ベテックの18年の売上高は約350億円で、営業利益は15億円と利益率では劣る。営業利益に対する買収価格の倍率は約18倍で、デュラックスと同水準だ。日本ペイントは同社を273億円で取得した。

現金 3,813 負債 36,812
その他 22,623
有形固定資産 8,235 自己資本 5,776
無形資産 7,917
総資産 42,588 負債純資産 42,588

(ベテック社の企業結合日における資産及び負債の公正価値)

巨額買収はPwCへの〝恩返し〟か

■日本ペイントは買収効果に比して高いリスク資産を背負い込んだ恐れがあるが、一連のディールで利益を手にできたのが、アドバイザリーに入った投資銀行やコンサルである。実はこのアドバイザリーこそ田中の親密先が噛んでいる可能性が高い。
■デュラックス買収の開示では、アドバイザリー費用について〈判明次第速やかにお知らせいたします〉とされていたが、こちらもその後、開示されることはなかった。有報の注記によると、取得関連費用は14億2000万円とのことで、ベテックのものと合わせると、2件で約20億円のアドバイザリーフィーが発生している。この巨額のフィーを手にしたのが、田中がMUFG退社後の16年9月から籍を置いていたコンサルティングファームのPwCと思われる。
■田中は三菱UFJ銀行頭取の有力候補だったとされるが、現会長の平野信行に敗れ、結局、MUFGを後にすることになった。その際、自らに相応しい顕職を得るまでの間、「インターナショナルシニアグローバルアドバイザー」なる待機ポストを用意してくれたのが、銀行時代から付き合いがあったというPwCだった。
■現在の日本ペイント取締役のうち、田中が社長就任後に自ら選任したのが、PwC出身の三橋優隆である。そして同時期に、日本ペイントはPwCと企業買収および内部監査体制の構築といったアドバイザー業務を委託するようになった。
■先ほど述べた買収に関する一連の開示を見ても分かる通り、無形資産の影響額や、不安定な財務状況など、都合の悪そうな情報は中途半端な開示となる傾向がある。アドバイザリー費用が有耶無耶になっているのは、浪人中に面倒を見てもらった恩義があり、PwCと契約したからではないのか。
■ZAITEN編集部が日本ペイントに、PwCとの契約の時期や、アドバイザリー費用の金額、支払先などについて取材したが、「個別の取引につきましての情報は開示しておりません」とした。

メディアで自画自賛

■20年12月期の下半期に入ると、日本ペイントはさらに巨額ディールに乗り出す。8月に筆頭株主のウットラムへ1兆2千億円もの第三者割当増資を実施し、対価として同社が持つ日ペとのアジア合弁会社の持ち分と、インドネシア事業の現物出資を受けるというもの。アドバイザリー費用は60億円にものぼる。
■この取引は、もともと日本ペイントのアジア合弁会社の持ち分は51%だったが、これを100%子会社とする代わりに、増資によりウットラムが日本ペイントの持ち分を39%から58%に増やし、日本ペイントがウットラムグループの子会社となるというものだ。総帥のハップジンからすれば、合弁会社の持ち分を手放しても、親会社を実質コストゼロ支配できるわけだ。ところが、田中はこれを「買収したのはこっちだ」と強弁する。

〈シンガポールの華僑による乗っ取りだとか、あとはアジア企業に買収されたとか、身売りだとか。でも買収されるわけではありません…(略)…我々はそのウットラムからアジアの合弁事業のウットラム出資分(49%)と、ウットラムが展開するインドネシア事業を買い取るのです。そしてそのためのお金をゴーさんからもらいます、ということです。こんないい話はありません〉(20年8月31日『日経ビジネス』インタビュー)

■とはいえ、取締役会の過半数と株式の約6割を握られるとは、どう逆立ちしても身売りにしか見えない。公募増資ならば、ウットラムの支配力を下げ、買収を敢行することも可能だった。しかし株価下落リスクが高いとして、あえて田中から第三者割当をウットラムに提案したといい、〈やり手の華僑相手によくも、と大学の先輩から驚かれました〉(20年9月14日付『日本経済新聞』)と自画自賛してみせた。だが、一般株主からすれば株式が希薄化する結果は同じであり、株価維持は身売りを正当化する理由にはならない。
■そもそも子会社の持ち分取得と増資の抱き合わせというスキームは、田中独自の発案というより、14年の焼き直しに見える。日ペは14年2月、アジア地域のウットラムとの合弁会社8社の持ち分を1000億円で買い増し、51%とすることで子会社化する。同時に、ウットラムに1000億円の第三者割当増資を実施した。結果、日ペは約2000億円もの無形資産を計上することとなった。
■当時、日ペはウットラムと〈当社の経営の独立性及び自律性を最大限尊重し、当社の取締役会決議事項については、当社の取締役会における決定を最大限尊重すること〉を合意していたようだが、ハップジンは手のひらを返して株主提案権を行使し、取締役会の過半数を握った。株式会社制度を甘く見た日本的経営の敗北である。
■田中はメディアウケが良い。巨額買収も身売りも好意的に受け取られている。日本が内輪ノリしている間に、外資に乗っ取られる〝日本の縮図〟が、今日の日本ペイントで繰り広げられているようだ。あるいは、それが自らを拾ってくれた田中のハップジンへの〝恩返し〟なのかもれない。(文中敬称略)

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