■新型コロナウイルスのワクチン開発を行うとして注目されていた東証マザーズ上場のアンジェス(社長・山田英※11/9訂正)の熱狂が冷めつつある。コロナワクチン関連の開示や、森下のテレビ出演などにより、ピーク時の株価は2400円(時価総額にして約2800億円※11/7訂正)にも上ったが、現在は500円前後に下落している。ワクチン開発に飛びついた一般投資家の殆どが損失を被っていると思われる一方で、株価高騰で儲かったのは外資系金融グループと発行体のアンジェスである。
■2020年2月17日、アンジェスはシンガポールの金融グループ傘下のフィリップ証券に対して、行使価格修正条項付新株予約権(MSワラント)を発行。これは、新株の発行価格が前日終値の92%にディスカウントされるもので、当初行使価格は584円、下限行使価格は292円とされ、約93億円を調達する予定だった。
■MSワラントは、株価が行使価格を上回れば確実に儲けられるが、下回れば割当先は行使せず、資金調達は進まない。アンジェスの株価はMSワラント公表まで600円前後で推移していたが、開示後に株価が下落。一時300円台まで落ち込んでいた。そこで出てきたのがコロナワクチン開発である。3月5日、アンジェスは、大阪大学と共に新型コロナワクチンのDNAワクチンの開発に着手すると公表。徐々に株価は高騰し、5月上旬には一時、2400円台を付けた。
■アンジェス株の高騰により、フィリップ証券は4月末までにMSワラントを全て行使し、アンジェスは113億円の資金調達に成功した。この頃、アンジェスは米国企業への巨額投資を進めていた。19年12月、イスラエルを拠点とし、ゲノム編集技術を開発する米国企業Emendo Biotherapeutics(以下、Emendo社)に50百万ドル(日本円で約54億円)の出資契約を締結し、2020年1月に、このうち25百万ドルを支払っていた。資金調達に成功後、残りの投資額25百万ドルを支出した。
■さらにアンジェスは、コロナ相場で高騰する株価を背景に、Emendo社の巨額買収に踏み切る。20年11月、アンジェスはEmendo社の100%買収を決議。エメンドの企業価値を約309億円と算定し、既に保有している約40%のEmendo社株に加え、残りの約60%を、135億円分のアンジェス株の株式交換と61億円の現金で取得する。
■このEmendo社、2015年に米国やイスラエルに拠点を置く医療ファンド「OrbiMed」や、武田薬品工業のベンチャーキャピタルなどの出資により設立された(※11/7訂正)が、20年12月期時点で実現した売り上げは無く、毎期3億円の赤字。アンジェスが投資する直前の2019年12月期に債務超過となっている。
■前述の通り、アンジェスは20年1月から6月にかけて、54億円をEmendo社に投資しており、議決権ベースで40%を保有していた。この時点での時価総額は単純計算で135億円ということになり、20年11月の309億円との算定とは大きく異なる。短期間で、Emendo社の企業価値が跳ね上がる何らかの事象があったのだろうか。
■このEmendo社買収で、アンジェス株の割当を受けたEmendo社株主は、アンジェス株を手にすると、即座に市場売却している。Emendo社に設立当初から出資していた米医療ファンドOrbiMedは、Emendo社株を合計約36.07%保有していた。今回の買収により、12月15日にアンジェス株を7,200,210株(5.41%※11/9訂正)取得した。
■OrbiMedはアンジェス株を取得した3日後の12月18日には市場売却に入り、1月12日には保有割合を5%以下に下げ、6月末時点で保有株の大半を売却している。20年12月から1月までの平均売却価格(終値ベース)は1270円で、もしすべてのアンジェス株をこの価格で処分していたら、売却代金の総額は約91億円となる。
■アンジェスのコロナワクチン〝成就〟を待たされている投資家にとっては、腹立たしい話かもしれない。OrbiMedのイグジットの一方、アンジェスのバランスシートにはEmendo社買収によるのれんが227億円計上されており、事業化できなければ巨額減損という結果になる。
■さらに、Emendo社には巨額の追加投資が必要で、それを賄うためにアンジェスはまたしても株価の下落を招くMSワラントを発行している。今年3月、米金融大手キャンターフィッツジェラルドに対し、最大168億円を調達するMSワラントを発行。行使価格は前日終値の90%に修正されるるもので、前年よりもディスカウント率が大きく、下限行使価格は467円とされている。資金使途は90億円がEmendo社への追加投資で、残り78億円は「さらなる事業基盤拡大のための資金」という曖昧なもの。コロナワクチン相場の裏で、アンジェスと外資は抜け目なく利得を得る一方、煮え湯を飲まされ続けるのは一般投資家という図式が浮かび上がる。
(文中敬称略)