■衣装ケース「Fits」ブランドを製造販売する東証一部上場の天馬(社長・廣野裕彦)で、昨年から続く創業一族の経営権争い。昨日、2度目となる経営陣と株主が対立した状態での株主総会があり、経営陣側の提案が全て可決された。勢力が拮抗し会社提案が一部否決された昨年総会に比べ、経営陣側が約8割の賛成を集めた結果となった。実はこの裏で、昨年は経営陣側で防衛役だったアイ・アールジャパン(代表・寺下史郎、以下IRJ)が、今年は〝敵性株主〟に寝返っていたことが分かった。
■天馬は1949年に創業一族の4兄弟が設立。順当に社長を引き継ぎ、2014年には二男の息子である金田保一が代表取締役会長に就任。16年には非創業家の藤野兼人が社長に就いた。ところが19年にベトナムの現地税務当局に賄賂を支払った不祥事が発覚し、経営陣が入れ替わり金田保一の息子・宏が社長に就く案が浮上。これに4兄弟の四男の司久・名誉会長が反発し、20年6月の総会を前にして「創業家排除」を旗印にした株主運動を展開しだした。
■アイ・アールジャパンは経営陣側につき、株主に送付する書面作成を支援し、主要株主への戸別訪問や電話勧誘など一連のプロキシーファイトを展開。天馬が当時、株主に送付した案内状によると、株主提案を「当社のガバナンス機能を大きく歪めてきた原因である司治名誉会長(当時)によって行われたもの」「株主提案が認められた場合には、同元名誉会長が不当な経営介入を継続する可能性が高」いと批判していた。
■天馬の主要株主は創業一族と投資ファンド「ダルトン・インベストメント」で固められている。当時の大株主の勢力は、経営陣側は金田保一・宏ら二男系で15%、ダルトンの持ち分13%を合わせた約29%。対する司側は司一族11%と、長男系の「カネダ興産」12%を合わせて23%と、やや劣勢という状況だった。株主総会では司側の株主提案は否決されたものの、経営陣側が提案する金田宏の社長就任案を否決するほど拮抗していた。
■この時、経営陣側の勢力は盤石とはいえず、些細な事象で司側に経営権が取られる恐れがあった。ところが、真っ先に経営陣側の勢力から「一抜け」したのが、経営者の味方を自認するIRJである。関係者によるとIRJは今年の総会では経営陣側のアドバイザリーには就かず、なんと敵性株主である司側のアドバイザリーに就いたのだ。その際、IRJ本体に代わって司側と契約したのは、連結子会社の「JOIB」という。
■このJOIBなる会社は今年2月にIRJが100%出資で設立したばかりで、役員もほぼIRJと変わらない。IRJの開示によると、「日本の企業文化ならびに企業価値・株主価値を尊重する我が国生まれの異才なインベストメント・バンクとして、支配権争奪ならびに企業再編・事業再編等のM&Aに特化する専門的なFA業務」を行うという。持って回った言い方だが、「TOBに関する支援なら」という広告を出しており、MBOや敵対・友好的TOBの専門会社と思われる。どのような目的があるにせよ、天馬の経営陣からすれば「寝返り」に映る。
■そうした誹りを受けても司側に付かざるを得ない事情は何か。ここで、IRJの最近の業績を見てみよう。21年3月期は連結売上高82億円と、前年同期に比べ増収であるものの成長は鈍化している。5千万円以上の大型案件の獲得が伸び悩んだからで、アクティビスト対応は20年1,514百万円→21年1,543百万円と横ばい、MBO等企業側FAは20年705百万円→21年485百万円と減少している。市場全体のTOBやMBO件数は増加傾向にあるにも関わらずだ。
■IRJが従来取り組んできたプロキシーアドバイザー業務に対し、TOBは動くカネの規模が違うため、アドバイザリー報酬も大きくなる。ましてや、JOIBが謳う「インベストメント・バンク(投資銀行)」業務となると、報酬は桁違いのものが見込まれるだろう。
■天馬では、経営陣側が仮にMBOをするとしても、投資ファンドのダルトンがイニシアティブを握るだろう。だが、司側が一定の勢力を持ち買収を仕掛けるならば、IRJがアドバイザーに付き、巨額フィーを手にできる可能性があったのかもしれない。
■しかし、IRJが天馬経営陣を離れ司側に付いた頃、長男系「カネダ興産」が経営陣側に寝返った。そして株主総会では「用心棒」であるIRJの支援がなかったにも関わらず、司側提案の賛成率は約2割に対し、経営陣側は8割と多くの浮動票が経営陣側についた。「企業価値を貶める不毛な争い」と指摘される天馬で利益を狙い跋扈したIRJだが、苦しい局面を迎えていると思われる。
(文中敬称略)
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