■アクティビスト株主等から経営陣を守るプロキシーアドバイザーから、攻めの支配権争奪戦、敵対的買収のアドバイザーまで、事業を拡大させているアイ・アールジャパン(東証1部6035、社長・寺下史郎)が苦戦している。2022年3月期の通期業績予想を売上高120億円としていたが、第2四半期時点の売上高は4,230百万円と、このペースでは予想達成が危ぶまれている。
■現時点で下方修正こそされていないが、社長の寺下の焦りは相当なものと思われる。昨年11月下旬、寺下が社内に発した『冬の賞与査定について』と題する1枚の文書がある。〈上期の業績は、売上3.1%増にとどまり、営業利益12.6%減という大変残念な結果となった。この敗因は、執行役員を含めた全社員の上期業績の未達にあり、社員を導ききれなかったことについては、社長である自分自身にも忸怩たる思いがある〉…冒頭から、業績への不満と社員に対する「失望と憤り」がにじみ出る。
■〈数字として現実的に述べると、霞ヶ関のエクイティ・コンサルティング本部全体の上期目標37億8000万円に対して実績は16億2450万円、投資銀行本部の上期目標25億円(コンサル重複分含む)に対して実績は21億5135万円、霞ヶ関のフロントミドル(特命+ECコンサル・+SRコンサル+IRコンサル)27名中、上期業績達成者は■■、■■2名のみで他の25名は上期業績未達に終わった。さらに、上期業績目標の半分にも届かなかった社員に至っては20名にもなった〉(一部当サイト加工)。
■プロキシーアドバイザー業務など、アイ・アールジャパンの主力業務を担う「霞ヶ関エクイティ・コンサルティング本部」(以下、EC本部、本部長=寺下史郎)のほぼ全ての社員が、新規顧客開拓のノルマ未達で、EC本部全体のノルマ達成率はわずか42%。本来ならこの時点で、下方修正が必要なレベルではないだろうか。
■こうした中、社内では「ノルマ至上主義」とも言うべきペナルティの導入や組織改編が進み、社員を営業に駆り立てている。寺下は前出の文書で冬のボーナス切り下げを宣告している。新入社員を除く全社員の賞与を10%~14%カット。扱いが酷いのはEC本部で、昨年度ボーナスの半分を下限として、ノルマ達成率に従って賞与額を査定していく。EC本部の殆どの社員はノルマ達成率が5割を切っており、ほぼ全員がボーナス半減の憂き目に遭う。
■今年に入り、就業規則の改変にも着手した。給与規程に〈賞与は会社の業績や、個人の業務成績、営業成績により支払わないことがある〉という条項を盛り込むなど、従来よりも業績に連動して給与や賞与を昇降給しやすいように修正された。実務上、どのような効果を発揮するかは不明だが、こうした組織決定がされること自体、社員の危機意識をあおる心理的効果がある。
■寺下の直接的な発言によるプレッシャーも強まっているという。アイ・アールジャパン関係者が打ち明ける。「朝の会議では、『数字を取れるまで帰ってはいけない』『来週からは各個人をどんどん詰めていく』『こんな進捗率じゃ居ても居なくても一緒だ』と、達成率が芳しくない社員が詰められる。年末には『数字が足りていない人は給料を下げます。何度もお伝えしている通り、来期から給料が半分になる人も出てくるかと思います。家族やローンのことがあると思うので、それが嫌なら、数字頑張ってください』と全社員に発破をかけてきました」
■ノルマ達成率が4割となれば、厳しい措置もやむを得ないと思う向きもあるかもしれない。だが、そもそも寺下が設定したノルマが達成困難だという指摘もある。「昨年度82億円の売上から、120億円という業績予想がそもそも高すぎる。EC本部に課されたノルマは前年度実績の2倍の規模で、努力目標ならいざ知らず、実現可能なノルマとして設定できる数字ではない。また、顧客開拓に集中できない管理職や、他の人が持ってきた案件に取り組んでいた人も一律に新規顧客契約額で評価されていて、正当な評価を受けていないと思っている社員は多い」(前出・関係者)
■確かにアイ・アールジャパンは数年前まで年商40億円台であり、今期の業績も僅かながら増収は維持している。なぜ急速な拡大路線と「ノルマ至上主義」に傾注しているのだろうか。ここで、アイ・アールジャパンの株価を見てみよう。成長トレンドを好感して昨年1月には19000円、時価総額にして3000億円を超え、株式の50%超を持つ寺下は一部メディアで「ビリオネア」の扱いを受けていた。ところが2月頃から株価が下落。『冬の賞与査定について』が発せられた11月には10000円を割り、最近では5000円を下回っている。株価の下落が、寺下を苛立たせているのかもしれない。
■アイ・アールジャパンの業績は寺下の収入に直結している。寺下が21年3月期に手にした役員報酬は約1億5000万円。アイ・アールジャパンは約14億円の配当を実行しているが、この半分は寺下に入り、役員報酬と合わせて売上の1割に相当する約8億6000万円もの収入を得たことになる。
■だが、証券・金融業界におけるアイ・アールジャパンの立ち位置、業務の特性を想起すると、「ノルマ至上主義」の社風は不適切と言わざるを得ない。アイ・アールジャパンの事業は経営陣と株主の対立局面で需要が発生することが多く、対立する双方からの業務の受託や、企業価値の第三者算定の中立性などを巡り、利益相反の指摘を受けやすい立場にあるからだ。
■当サイトはアイ・アールジャパンに対し、ノルマ設定や会議での発言、『冬の賞与査定について』の文書の存在などについて取材したが、期日までに回答はなかった。
(文中敬称略、つづく)